・ 【津波の警戒や到達を知らせる看板が多くなります】
海が見えないのに「津波」とは別次元の事のように思えますが、2年前には遭遇していたのです
(三陸地方では人間の生きている間に一度は必ず襲ってきますから肝に銘じたい)
久慈市は地味な都市です
【東日本大震災】
平成23年(2011年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震では久慈市内の震度は5弱だったが、
この地震より波高8.6メートル、遡上高27.0メートル、河川遡上4キロメートルを記録した巨大津波に海岸部
平地部が襲われ、死者4名(うち1名は市外)、行方不明者2名が出た。建築物の被災状況は、
全壊355棟、大規模半壊89棟、半壊410棟であり、小袖海岸にあった前年8月に完成した
『小袖海女センター』が全壊[3]、日本地下石油備蓄久慈事業所(久慈国家石油備蓄基地)や併設する
久慈地下水族科学館もぐらんぴあ等海岸工業地帯の施設及び工場が全半壊した
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久慈へ入ってきました!今はノンビリ漁船は係留されております2年前は人が港にいませんでした
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・ 【港は普段通りに賑わっていました】
久慈も津波に襲われましたが、港は影響が無かったような雰囲気でありました、漁港というのは
漁港設備などの建物修復が終われば営業再開です、漁民の表情にも活気がありました
(表面上は津波が襲ったとは思われない雰囲気です)
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2年前に津波があったとは思えません
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・ 【広い漁港はノンビリとした雰囲気を漂わせていました】
係留されている漁船も多いです、津波は到来まではかなり時間がありますから、大半の漁船は港を出て避難
したと思います
(津波は沖に出ていれば被害はないのです)
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でも、あのタンクには見覚えがあります、あの横に漁船が乗っかっておりました、海上から10m以上も
ある高さですが津波は乗り越えてきたのです
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・ 【勿論乗り上げられていた船は片付けられておりました】
船の数は少ないようですが、プレジャーボートなどもあって漁港は徐々に復興しています
(当日何らかの理由で船に戻れなかった人が被害を受けたのでしょう)
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ここでも朝市がありました、久慈はNHKの連続ドラマ「あまちゃん」の舞台だったのです
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・ 【大人気の「あまちゃん」ですが・・・】
海女さんになる高校生ですが、東京に出てアイドル歌手デビューする物語は飛躍があります、僕はついていけません
津波事件の扱いの後半ですし、あえて津波に触れようとしないストーリーにも思えます
撮影用に海女っこ娘さんの人型人形があって、顔を入れれば海女さんの写真のでき上がりです
(人気があったドラマでしたがウソぽいので余り見ませでした)
朝ドラはドキュメンタリーではありません、もっと気楽に見ればそれで「よろし」なのです
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あの堤防を見ますと漁船一隻取り残されて引っかかっていた光景が残像のように思い出されます
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・ 【日常的に漁船は仰ぎ見るものではありません】
津波の信じられない高さに戦慄を覚えていました、ここから津波被災地へと旅は続きます
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退院後、月曜日から木曜日まで出社して金曜の本日はお休みです、訪問するお客様も心配してくれて
大丈夫なの?もっと休めば?などと声かけてくれます
ありがたいことです、突然に襲った脳梗塞ですが、被害の程度はこれで止まってくれば幸いだと思います
多少字が書きにくい、キーボードでミスタッチ、ロレツが回らない程度でバイクは大型をやめて
小型二輪(125cc)で伊豆にやってきました
勿論高速走行はできませんが、その分有料道路代はかからず、ガソリン代も400円程度で城ヶ崎海岸に
到着でした、時間は1時間位余計に掛かりましても、急ぐ訳でないのでのっびりゆっくり走れて
今の僕には丁度良いのです
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・ 【ライダーの最後の乗り物:HONDAゴールドウイング】
ママへ体重が70kg台に突入したら憧れの超大型バイク2000ccを購入してくれる
お約束は当分の間、権利を留保させて頂きます
(現在の体重は城ヶ崎海岸のデイセンターで測定したら79kgで70台に到着しています!)
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海が見えないのに「津波」とは別次元の事のように思えますが、2年前には遭遇していたのです
(三陸地方では人間の生きている間に一度は必ず襲ってきますから肝に銘じたい)
久慈市は地味な都市です
【東日本大震災】
平成23年(2011年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震では久慈市内の震度は5弱だったが、
この地震より波高8.6メートル、遡上高27.0メートル、河川遡上4キロメートルを記録した巨大津波に海岸部
平地部が襲われ、死者4名(うち1名は市外)、行方不明者2名が出た。建築物の被災状況は、
全壊355棟、大規模半壊89棟、半壊410棟であり、小袖海岸にあった前年8月に完成した
『小袖海女センター』が全壊[3]、日本地下石油備蓄久慈事業所(久慈国家石油備蓄基地)や併設する
久慈地下水族科学館もぐらんぴあ等海岸工業地帯の施設及び工場が全半壊した


久慈へ入ってきました!今はノンビリ漁船は係留されております2年前は人が港にいませんでした

・ 【港は普段通りに賑わっていました】
久慈も津波に襲われましたが、港は影響が無かったような雰囲気でありました、漁港というのは
漁港設備などの建物修復が終われば営業再開です、漁民の表情にも活気がありました
(表面上は津波が襲ったとは思われない雰囲気です)


2年前に津波があったとは思えません

・ 【広い漁港はノンビリとした雰囲気を漂わせていました】
係留されている漁船も多いです、津波は到来まではかなり時間がありますから、大半の漁船は港を出て避難
したと思います
(津波は沖に出ていれば被害はないのです)


でも、あのタンクには見覚えがあります、あの横に漁船が乗っかっておりました、海上から10m以上も
ある高さですが津波は乗り越えてきたのです

・ 【勿論乗り上げられていた船は片付けられておりました】
船の数は少ないようですが、プレジャーボートなどもあって漁港は徐々に復興しています
(当日何らかの理由で船に戻れなかった人が被害を受けたのでしょう)


ここでも朝市がありました、久慈はNHKの連続ドラマ「あまちゃん」の舞台だったのです

・ 【大人気の「あまちゃん」ですが・・・】
海女さんになる高校生ですが、東京に出てアイドル歌手デビューする物語は飛躍があります、僕はついていけません
津波事件の扱いの後半ですし、あえて津波に触れようとしないストーリーにも思えます
撮影用に海女っこ娘さんの人型人形があって、顔を入れれば海女さんの写真のでき上がりです
(人気があったドラマでしたがウソぽいので余り見ませでした)
朝ドラはドキュメンタリーではありません、もっと気楽に見ればそれで「よろし」なのです


あの堤防を見ますと漁船一隻取り残されて引っかかっていた光景が残像のように思い出されます

・ 【日常的に漁船は仰ぎ見るものではありません】
津波の信じられない高さに戦慄を覚えていました、ここから津波被災地へと旅は続きます


退院後、月曜日から木曜日まで出社して金曜の本日はお休みです、訪問するお客様も心配してくれて
大丈夫なの?もっと休めば?などと声かけてくれます
ありがたいことです、突然に襲った脳梗塞ですが、被害の程度はこれで止まってくれば幸いだと思います
多少字が書きにくい、キーボードでミスタッチ、ロレツが回らない程度でバイクは大型をやめて
小型二輪(125cc)で伊豆にやってきました
勿論高速走行はできませんが、その分有料道路代はかからず、ガソリン代も400円程度で城ヶ崎海岸に
到着でした、時間は1時間位余計に掛かりましても、急ぐ訳でないのでのっびりゆっくり走れて
今の僕には丁度良いのです

・ 【ライダーの最後の乗り物:HONDAゴールドウイング】
ママへ体重が70kg台に突入したら憧れの超大型バイク2000ccを購入してくれる
お約束は当分の間、権利を留保させて頂きます
(現在の体重は城ヶ崎海岸のデイセンターで測定したら79kgで70台に到着しています!)

